アフガニスタンで長年活動をしているペシャワール会の駐在スタッフが、拉致され殺害された。宮城県はペシャワール会とゆかりがある。殺害された伊藤さんは農業担当だったのだが、彼の前任者は宮城県大河原出身の橋本さんという方で、帰国してからもペシャワール会の活動のお話をあちこちでしていらっしゃった。彼の帰国をきっかけに「宮城からペシャワール会を支える会」(間違っていたらごめんなさい)も立ち上がり、会の代表の中村哲さんも講演に来られていた。関係者一同たいへんショックを受けられていると思う。心からお悔やみ申し上げます。
私も未だショックから立ち直っていない。あれだけ住民から信頼を得ていたペシャワール会でさえ「外国人」ということでターゲットになったこと。厳しい環境の中現地に同化し、身をささげてきた31歳の若者の無念。考えれば考えるほどやりきれない思いが煮え返ってくる。そんな中、関連ニュースを開いているとふと目に止まる記事があった。

「(タリバンの)報道官は、拉致を命じた理由として、『ダム建設を中止させ、外国政府にアフガン政府と米国支援をやめるよう求めるつもりだった』とした。また、ペシャワール会については『知っている』としながらも、『我々は米や小麦、食用油など食糧支援は認めるが、道路や学校、ダムなど地形や文化を変える構造物は認めない』とし、地元住民に歓迎されてきたペシャワール会の復興支援事業そのものを否定した。」

私がペシャワール会のことを知り始めたのは、たぶん5~6年前、ちょうど水路建設が始まったときだった。それまで井戸掘りというイメージだったペシャワール会がインフラ整備に大きく転換したという感じがして、内心「あれ?」と思った。確かに井戸一つ苦労して掘ったところで一家庭が助かるだけで、住民に公平には行き渡らない。地域全体に水を行き渡らせるためには水路を作ることが必要だった。結果としてこの事業はすばらしい成果を生み出したと思うのだが、私の心の隅に少しだけ違和感が残っていたのを覚えている。「地形を変える構造物は認めない」というタリバンの言い分はめちゃくちゃなのは分かっている。何せバーミャンの仏像を破壊してしまうぐらい、理解不能な論理でもって動いている(ように見える)人たちなのだから。(皮肉なことにペシャワール会はタリバンに同情的だった。)でもダムを作る外国人に対して「ありがたい」と思う住民がいる一方、違和感を感じる人たちがその国にいるということは分からないでもない。人間には自立心やプライドというものがあって、個人的なレベルの差はあるだろうが、何でもかんでも他の人にやってもらうのは不快に感じるのだと思う。私は自分がそうだから余計他人のそういう気持ちが分かる。

さて場所変わってIVYはどうだろうか。IVYがスバイリエンで活動を始めて9年になる。活動地に足を運んだことがある人なら分かると思うが、村には「IVYが建てた」とか「IVYが作った」とか言う建物や学校、道や水路はない。あるとすれば道沿いに植えられた木や村の共同井戸ぐらい。これはとてもめずらしいことだと思う。そして私はそれを誇りに思っている。「IVYは何もくれない」「IVYはけちだ」「IVYは謎めいている」・・。これまでには住民に散々なことを言われていた時期もあったと思う。でもそういう声はもう聞かれなくなった。今は「IVYにずっといて欲しい」という声をよく聞く。
どこまで支援をするのか。どこまで助けるのか。その線引きは難しい。でも子育てでも望むことを全てかなえるのがその子のためにならないのと同じように、時には「何もしない」という選択もあるのかな、と最近考え始めている。昨日のスタッフ会議でも野菜共同出荷グループ内のルールに関する些細な問題が話題になったが、あえてIVYのスタッフが新たなルールを作るという選択肢は取らなかった。私たちが問題を解決してしまえば、住民たちには一生自分たちで問題を解決する力がつかないだろう。時にはぐっとこらえて忍耐強く見守る。そういう関わりも方も今後は取り入れていきたい。
(M)