06月27日: 政府、汚職、NGO
カンボジアは昨年の選挙でも与党が圧勝、政治的には安定しているようにみえます。
大きな暴動も起こらないし、首都もとてもきれいです。
でも国際的なニュースにはならなくても、なんとなく政府の動きに不穏なものを感じるこのごろです。。
先日汚職一掃のための「Clean Hand」というコンサートの最中にアメリカ大使がした発言が波紋を呼んでいます。
アメリカ大使の発言は「カンボジアは政府の汚職によって毎年5億ドルの資金を失っている。学校を2万校建てられるお金だ。」と言うもの。この発言を聞いたカンボジア政府はカンカン。カンボジア政府は汚職なんかない、なんの根拠もない数字だ、と怒り出しこのイベントの企画者たちを尋問しているそうです。
5億ドルという数字が正確かどうかは知るよしもありませんが、「汚職なんかない」という言い切るあたり、ちょっとあきれてしまいます。ある調査では去年1年間になんらかのわいろを払った国民はなんと二人に一人。汚職というよりもはや「慣習」。国際社会はプレッシャーをかけても、当のカンボジア国民は「そういうものだから」と別にやめようという気配はありません。みな公務員は$50の給料で食べていけないのは知っていますし。
とにかく外国からの資金援助にも影響するので「汚職」という言葉にいやに敏感に反応するカンボジア政府。今度は矛先はNGOへ。テレビでコメディアンが政府を批判するNGOをおちょくるようなコントをやりだしたのです。
内容は「汚職だ、汚職だ」と騒いでいるNGOスタッフが、なぜそんなことをするのか尋ねられて「こういうことを言うと海外の支援者からお金がどっさり入ってくるんだよ」と説明しているもの。(The Cambodia Dailyによる) これには私も怒り心頭。コメディアン本人は「政府からやれといわれてやっているわけじゃない。政府は学校を建てたり、道を作ったりいいことをしてるじゃないか」とのことですが。
去年あたりから政府はNGO法、つまりNGOを規制する法律を作ろうとしだしていて、NGO界は猛反発しています。NGOとはNon-Govermental Organizationの略。つまり非政府組織として政府の動きを監視し、時に必要であれば住民を代表して声を上げる役割ももっているはずです。今のカンボジアはNGOなしではまわっていかない状態にあるのに、そのNGOの存在意義を消そうとしているカンボジア政府。
一見きれいな首都、と思っても政府がホームレスを強制移動させたいたり、埋め立て反対運動の会場のゲストハウスが政府の命令で突然閉鎖になったり、水面下で何かが動いているような、何かそんな気味悪さがあります。
(後日、国連からの警告で「カンボジアの民主主義は後退している」という発表がありました。)
(M)
大きな暴動も起こらないし、首都もとてもきれいです。
でも国際的なニュースにはならなくても、なんとなく政府の動きに不穏なものを感じるこのごろです。。
先日汚職一掃のための「Clean Hand」というコンサートの最中にアメリカ大使がした発言が波紋を呼んでいます。
アメリカ大使の発言は「カンボジアは政府の汚職によって毎年5億ドルの資金を失っている。学校を2万校建てられるお金だ。」と言うもの。この発言を聞いたカンボジア政府はカンカン。カンボジア政府は汚職なんかない、なんの根拠もない数字だ、と怒り出しこのイベントの企画者たちを尋問しているそうです。
5億ドルという数字が正確かどうかは知るよしもありませんが、「汚職なんかない」という言い切るあたり、ちょっとあきれてしまいます。ある調査では去年1年間になんらかのわいろを払った国民はなんと二人に一人。汚職というよりもはや「慣習」。国際社会はプレッシャーをかけても、当のカンボジア国民は「そういうものだから」と別にやめようという気配はありません。みな公務員は$50の給料で食べていけないのは知っていますし。
とにかく外国からの資金援助にも影響するので「汚職」という言葉にいやに敏感に反応するカンボジア政府。今度は矛先はNGOへ。テレビでコメディアンが政府を批判するNGOをおちょくるようなコントをやりだしたのです。
内容は「汚職だ、汚職だ」と騒いでいるNGOスタッフが、なぜそんなことをするのか尋ねられて「こういうことを言うと海外の支援者からお金がどっさり入ってくるんだよ」と説明しているもの。(The Cambodia Dailyによる) これには私も怒り心頭。コメディアン本人は「政府からやれといわれてやっているわけじゃない。政府は学校を建てたり、道を作ったりいいことをしてるじゃないか」とのことですが。
去年あたりから政府はNGO法、つまりNGOを規制する法律を作ろうとしだしていて、NGO界は猛反発しています。NGOとはNon-Govermental Organizationの略。つまり非政府組織として政府の動きを監視し、時に必要であれば住民を代表して声を上げる役割ももっているはずです。今のカンボジアはNGOなしではまわっていかない状態にあるのに、そのNGOの存在意義を消そうとしているカンボジア政府。
一見きれいな首都、と思っても政府がホームレスを強制移動させたいたり、埋め立て反対運動の会場のゲストハウスが政府の命令で突然閉鎖になったり、水面下で何かが動いているような、何かそんな気味悪さがあります。
(後日、国連からの警告で「カンボジアの民主主義は後退している」という発表がありました。)
(M)
06月05日: 「つなげる」こと~女3人でカジノに乗り込む(?)~

農村開発というと貧困削減とか住民の収入向上とかいうことになるけれども、そんなにそれが一朝一夕で達成できることでないということを身にしみて感じている。だいたい私もローカルスタッフも含めてサラリーマンであるNGOのスタッフが、自営業である農家に教えることができる知恵などたいしたものではない。では国際NGOが農村にいる意味はなんなのか。農業にも自営業にも素人の私がここにいる意味はなんなのか。
カンボジア人の農民ができなくて日本人の私にできること、と考えるとそれは「つなげる」ことであるような気がする。人と人。人と情報。今回棚ボタで始まった経済特区バベットのカジノへの出荷、これまた棚ボタだが経営者が日本で働いたこともある韓国人だと判明。これは日本つながりを生かすいいチャンス。相手は手ごわいビジネスマンだが、それは若かりしころ下請け制作会社でその手を相手にしてきた経験を活かし、物怖じせず営業展開(?)。値段交渉をしたいIVYのスタッフと女性組合生産者協会の代表を連れてのミーティングのアポを取り付けた。
当初ミーティングというよりは顧客研究ということで、生産者協会のリーダーを連れて視察しようという計画もあったのだが、これは数ヶ月前に断念した。なぜなら私自身がカジノの施設を視察したときに、あまりのホテルのゴージャスさに圧倒されてカルチャーショックを受け、スバイリエンの村の女性にはカジノの視察は刺激が強すぎるだろうと判断したからだ。
しかし何度かカジノのマネジャーと会ううちに、彼が会うべきなのは仲介役の私ではなく、野菜を実際に作っている農家の人なのではないかという気持ちが強くなってきた。そこで清水の舞台から飛び降りるつもりで、はにかみ屋だが度胸はある生産者協会のリーダー、サレイさんにこのミッションをたくすことにした。
カジノへ向かう車の中から私はピリピリモード。
スタッフのクンティアの準備が遅れてもう既に30分の遅刻は確実。クンティアにはビジネスの約束には絶対遅刻しないこと、と自分のことは棚に上げてお説教。サレイさんも空気を感じてかだんまり。彼女の目にいったいカジノはどう映るのだろうか。
今回は「相談ごとがある」と既に言ってあったので、カジノ側も韓国人の購買マネジャーにアシスタントマネジャー、クメール人のコーディネーター、チーフシェフと勢ぞろい。かたやこちらは女性3人でちょっとばかり心細い。心細いだけではなく、談話中にクンティアの電話が4回も鳴るわ、名刺は裏表反対で逆側を向けて相手に渡しているわでハラハラ。英語、クメールが飛び交うもちゃんとした通訳はされず、マネジャーの持論を聞く受身の態勢にまわっている。
しかし彼の口からはっきり聞いた。
「私たちは買えるもの全てあなたたちから買いたいんです」と。
その言葉がちゃんと電話が鳴り続けたせいでおどおどしていたクンティアからサレイさんに翻訳されていたかは分からないが、後で聞いてみたところ意図は十分通じていたようだ。
「野菜の値段のこともすぐに否定しないで持ち帰って考えると言ってくれた。私たち貧しい農民のことを考えていてくれるなんて想像もしなかった。うれしい。」
事務所に帰るとみな緊張も解けてリラックスモード。サレイさんが「緊張で口がこわばってうまくしゃべれなかった」なんて言ってみんなを笑わせる。彼女を待っていたもう一人の生産者協会リーダーがふと口を開く。
「でもIVYがいなくなったら、カジノへの出荷はどうなっちゃうんだろう。私たちだけでは続けていけない。」
至極最もな疑問。でもそのために今日生産者の代表をカジノへと「つなげて」おいたのだ。
「大丈夫。サレイさんが今日カジノの人と名刺交換したから。携帯電話も(IVYの支給で)持っているし、何かあったら連絡できるよ」と私。
サレイさんは手帳から大切そうに一枚の名刺を取り出した。しかし彼女が読もうとしていた名刺は上下が逆。英語で書いてあったので判読できなかったのだ。そこでまたみんなで大笑い。
サレイさんがカジノに自分で連絡を取る日はまだ先かもしれない。
でも今日はとりあえず足を踏み入れた。貧しい農村の人だからと言って、買い取る側の言いなりになる必要はない。農村を飛び出して行動することもできるんだということを今日彼女に感じてもらえれば、私は役目を果たしたことになると思う。
(写真のTシャツの女性がサレイさん。左の女性がスタッフのクンティア)
(M)
06月04日: 日本で考えたこと
ご無沙汰しておりました。
先月は8ヶ月ぶりに日本に帰っておりました。相変わらず高いビルを見上げると理由もなく緊張し、初めて「パスモ」を使って改札口で「ピッ」というのを体験して「かっこいい~!」と内心感激したりして田舎者になりつつある自分を実感しました。
ところでそんな「先進的」な日本であるはずなのに、いざ新聞を広げるとカンボジアと同じ問題を抱えているのには驚きました。
貧困の問題です。
日本は密室で進行しているため、表に見えないのがかえってやっかいなように感じました。隣の家の人が、一日おにぎり一個しか食べていないかもしれない、母子家庭でお母さんが二つも三つも仕事が抱えているかもしれない、子どもが進学や修学旅行をあきらめているかもしれない。カンボジアで日々どうしたら貧しい農村の家庭の収入が向上するか考えることを仕事としている私にとって、日本の貧困は他人事ではない、まさに自分の国のこと。
そんな気持ち悪い気持ちを抱えているところまた目にするのが「カンボジアに学校を建てよう!」というブーム(?)。(どうもあるテレビ番組が影響しているようです。)私は1年5ヶ月カンボジアに住んでいますが「学校を建てて欲しい」「学校が足りない」という声は一度も直接耳にしたことがありません。
なにかアンテナの張り方がおかしいのでは、という気持ちを抱えながら地元仙台で行われた国際協力セミナー「カンボジアの農村の現場から」の発表に向かいました。事業報告の後でグループに別れ、IVY理事のファシリテートで「日本人はなぜ国際協力するのか」というテーマについて話し合いました。
県外からもたくさんの大学生が参加してくれてその熱心さには感心しましたが、若い人に限って国際協力がなぜ必要なのか説明はできず、とにかくしたいからする、感謝されると気分がいいからする、という「気持ち」が中心なのが気になりました。
いや、気持ちでもいいのかもしれません。きっかけは。私だってそうだったのかもしれません。でも学校を建てることで何かいいことを「してあげた」という自己満足に陥ると、そこで本質的な問題は見えなくなってしまうような気がします。若い人にはカンボジアの貧困を救いたいと思っているなら、まず「貧困」に対して敏感な人間になってもらいたいと思います。
貧困はカンボジアだけの問題ではありません。カンボジアの貧困はみんなが考えているほど深刻なわけではないと私は思います。家がなくて路上で暮らしていても凍死することはないし、職を失って実家に帰っても、どのみち大家族で暮らしているのでひとり増えてもあまり影響はありません。農村では電気はきてないけど、バッテリーを使ってテレビで毎日連続ドラマを見ています。
日本を出てしまっている私が言うのもなんですが、自分の国の貧困問題を解決できない人たちが、他の国に行って何かできるのでしょうか。それがまさに私も苦労している理由でもあるかもしれませんが、少なくても私は迂往曲折あったものの、10年日本で社会人をしてきてその経験を今ここでも生かしていると感じています。
まず自分のコミュニティーで役に立つ大人になること、それから海外で役に立つ一人の日本人になることを目指して欲しいな、と思いました。
(M)
先月は8ヶ月ぶりに日本に帰っておりました。相変わらず高いビルを見上げると理由もなく緊張し、初めて「パスモ」を使って改札口で「ピッ」というのを体験して「かっこいい~!」と内心感激したりして田舎者になりつつある自分を実感しました。
ところでそんな「先進的」な日本であるはずなのに、いざ新聞を広げるとカンボジアと同じ問題を抱えているのには驚きました。
貧困の問題です。
日本は密室で進行しているため、表に見えないのがかえってやっかいなように感じました。隣の家の人が、一日おにぎり一個しか食べていないかもしれない、母子家庭でお母さんが二つも三つも仕事が抱えているかもしれない、子どもが進学や修学旅行をあきらめているかもしれない。カンボジアで日々どうしたら貧しい農村の家庭の収入が向上するか考えることを仕事としている私にとって、日本の貧困は他人事ではない、まさに自分の国のこと。
そんな気持ち悪い気持ちを抱えているところまた目にするのが「カンボジアに学校を建てよう!」というブーム(?)。(どうもあるテレビ番組が影響しているようです。)私は1年5ヶ月カンボジアに住んでいますが「学校を建てて欲しい」「学校が足りない」という声は一度も直接耳にしたことがありません。
なにかアンテナの張り方がおかしいのでは、という気持ちを抱えながら地元仙台で行われた国際協力セミナー「カンボジアの農村の現場から」の発表に向かいました。事業報告の後でグループに別れ、IVY理事のファシリテートで「日本人はなぜ国際協力するのか」というテーマについて話し合いました。
県外からもたくさんの大学生が参加してくれてその熱心さには感心しましたが、若い人に限って国際協力がなぜ必要なのか説明はできず、とにかくしたいからする、感謝されると気分がいいからする、という「気持ち」が中心なのが気になりました。
いや、気持ちでもいいのかもしれません。きっかけは。私だってそうだったのかもしれません。でも学校を建てることで何かいいことを「してあげた」という自己満足に陥ると、そこで本質的な問題は見えなくなってしまうような気がします。若い人にはカンボジアの貧困を救いたいと思っているなら、まず「貧困」に対して敏感な人間になってもらいたいと思います。
貧困はカンボジアだけの問題ではありません。カンボジアの貧困はみんなが考えているほど深刻なわけではないと私は思います。家がなくて路上で暮らしていても凍死することはないし、職を失って実家に帰っても、どのみち大家族で暮らしているのでひとり増えてもあまり影響はありません。農村では電気はきてないけど、バッテリーを使ってテレビで毎日連続ドラマを見ています。
日本を出てしまっている私が言うのもなんですが、自分の国の貧困問題を解決できない人たちが、他の国に行って何かできるのでしょうか。それがまさに私も苦労している理由でもあるかもしれませんが、少なくても私は迂往曲折あったものの、10年日本で社会人をしてきてその経験を今ここでも生かしていると感じています。
まず自分のコミュニティーで役に立つ大人になること、それから海外で役に立つ一人の日本人になることを目指して欲しいな、と思いました。
(M)
