特定非営利活動法人国際ボランティアセンター山形

山形IVY スタッフ便り
カテゴリー: 日々日常
著者: ivy
IVYのマーケティングチームが企画した野菜共同出荷グループの女性たちを12人引き連れてのプノンペン視察に同行したときの話。農村で彼女らに会うことはあっても、一泊の視察旅行で24時間を共にするというのはこれまでなかったので、なかなかおもしろい体験でした。
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一日目朝、バンとプロジェクト・カーで村を出発。まずびっくりしたのが、二名が「車酔い」してしまったこと。それも「気分が悪い」っていうんじゃなくて私の隣の隣で袋に思いっきりもどしてました。酔ってもどす人って、そういうば小学校の遠足とかでいた気がするけど大人になってから聞いたことがなかった。やっぱり車に乗りなれていないとそうなるんでしょうか。でもスタッフのKはなぜか袋とトイレットペーパーをしっかり準備してました。「大丈夫?」と車を止めたりもせず、その二点セットをさっさと本人に渡してそのまま車は走り続けました。そう、車といえば車のドアの開け方、閉め方を知らなかったんですね、彼女たち。日本にいたら子供でも知ってますからね。そこから既に私にはカルチャーショックでした。
あとトイレ休憩。「クロマ」と呼ばれる頭巻き、肩がけ、汗拭き、となんでも使える農民には必需品の木綿の布があるのですが、これを腰にかけて隠して用を足す、ということはなんとなくは聞いていました。農村でも「トイレに行く」というと一枚の布を渡されたりします。でも実際には使っているところは見たことはなかったんですね。で、道中トイレ休憩のために車を止めたのはやぶや木があるわけではない原っぱ。どこから見ても丸見えなんですが、さすが慣れた手つきでさっとこの大きめの布を背中にかけて、あっという間に「簡易トイレ」を作っていました。(本当は最後までどうするのかしっかり見たかったのですが、さすがにそこまでじろじろは見れませんでした。)
一日目はJICAのカンボジア事務所で野菜販売をさせてもらいました。事務所の日本人スタッフ、カンボジア人スタッフ、それからプノンペン駐在のNGOスタッフの方などが買い物していってくださいました。漬物などの加工品も「おいしい」と評判でした。
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売れ残った野菜は地元のNGO、CEDACのお店とレストランで買い取ってもらいました。「持ってきてもらえればいつでも買い取るよ」と言っていただけました。首都での有機野菜の需要は高そうです。出荷グループの女性たちにも首都のお客に売れたことは自信になったんではないでしょうか。夜は彼女とスタッフの売り上げ(約$50!)を数える楽しそうな声がゲストハウスで響いていました。
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二日目はプノンペン最大のスーパーマーケットに野菜売り場の視察に行きました。
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さて、ここでまた思わぬ未知との遭遇。そう、グループの女性たちは首都に来るのが初めて、という人もいるぐらいですから、こんな最先端の(といってもイーオンとかのレベルですが)デパートになんか来たことがないのです。で、大騒ぎになったのがエスカレーター!乗るのも降りるのもこわい!手を取って一緒に乗ってあげましたが、数人は階段を選んでました。でも階段もみんなで手を取り合って降りてましたが。。。
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そこで当然エスカレーターにも初挑戦!でもこれはただ乗ればいいだけなので難しくないですね。
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いろんな「初めて」がありましたが、どうだったんでしょうか。実はみんな村に帰ってきてほっとしたんでは。食事もスーパーのフードマートの食べ物は高いだけでおいしくないし。という私もプノンペンの喧騒を抜けてのどかな風景が広がる農村に戻ってくると「家に帰ってきたんだな」という気持ちになりました。すっかりスバイリエンの人になってしまいました。
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カテゴリー: 日々日常
著者: ivy
social enterpriseという言葉がある。
「ソーシャル・エンタープライズとは、基本的に社会的な目的を持ったビジネスで、事業で得られた利益は、株主や事業主の利益を最大限に増やすためではなく、主にその社会的な目的のために、ビジネス或いはコミュニティーに再投資される。ソーシャル・エンタープライズは、幅広い社会問題及び環境問題に取り組むことで、あらゆる経済分野に影響を及ぼす。ソーシャル・エンタープライズは、強力かつ持続可能な、そしてソーシャルインクルージョンを実現する経済の創造において明確かつ重要な役割を果たす。」
出典:英国貿易産業省「社会企業-成功への戦略」( 2002 年)
有名な例をあげるとノーベル賞を受賞したグラミン銀行とか。

前置きが長くなりましたが私がソーシャル・エンタープライズ、それからソーシャルアントレプレナー(社会起業家)という言葉に出会ったのは三年ぐらい前。大阪でホームレスの自立支援のために、ホームレスだけが販売できる雑誌「ビッグイシュー」(もともとはイギリスで始まり世界各国に広がっている)の日本版を発行する会社を立ち上げたSさんを取材したときだった。Sさんは言っていた。「これからは『就』職ではなくて『創』職だ。」この言葉がずっと私の頭の中に強く残っていた。ホームレス支援も彼らに「施しをする」のではなく、一緒に働く。ビジネスの関係。ホームレスの人たちは住所がないため働けない、働けないからアパートが借りれない、という悪循環に陥っていることが多い。雑誌販売の仕事を得て、すごく充実した顔をしている人たちに何人も会った。「働くこと」が与える喜び、誇りについて考えさせられることの多い取材だった。
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そして三年後、場所はカンボジア、職種もNGO職員へと転職した私が、またこの「ソーシャル・エンタープライズ」という言葉に出会った。カンボジアにはCEDAC(セダック)という全国的な大規模な農民組織のローカルNGOがあるのだが、この団体のかなり上の方の人たちの話を聞く機会があった。カンボジアは農業国でありながら、周辺国からの安価な野菜や米に押されて農民は窮地に追い込まれている。そこに一石を投じようとしているのがCEDACの様々な事業だ。プノンペンではCEDACの有機米や国内産の自然食品を売るお店(写真)を経営し、今度はCEDACと契約している有機野菜農家から買い付けた野菜を使ったレストランもオープンした。彼らが口にしていたのが「ソーシャル・エンタープライズ」という言葉。名刺にもそう刷られている。「長い間援助だけをしてきた僕たちは疲れてしまった。これからはソーシャル・エンタープライズを通して農家とはビジネスパートナーとしての関係を結ぶ」とレストランの責任者は言っていた。思わずビッグイシューのSさんを思い出した。カンボジアに来て同じ考え方の人とまた会うとは。。というかきっとこれは世界的な広がりなんだろう。
初スピーチ(左:筆者)
実はこのCEDACを含むプノンペンの視察、IVYの野菜出荷グループのメンバー12人の視察への同行だった。彼女ら以上に私にも刺激的な視察だった。村に帰ってふりかえりを行った後、私のスピーチの番が来た。(実は初スピーチ。)「有機野菜の販売は大きな可能性があります。これまでは農家としての成功を目指していたと思いますが、これからはぜひビジネスウーマンとしての成功を目指して下さい」と締めくくった。さてスバイリエンからどんな「ビジネスウーマン」が今後登場するであろうか。乞うご期待。(M)
カテゴリー: 日々日常
著者: ivy
再び駐在員のMです。
カンボジアという今まで縁のなかった国に赴任が決まったとき、「やばいな~、歴史を知らないな~」と思った。
かすかに残る記憶にあったのは大昔に見たアメリカ映画「キリングフィールド」ぐらい。
さてここで行く前に勉強しておくべきか、しないでおくか。
私はあえてしないでおくことにしました。(まあその時間がなかったというのもあるけど。)
なんとなく、まっさらなままで現地に行きたいなと思ったからです。
NGO活動というのは、もちろんその国の歴史的背景も多いに関係はあるのだけど、相手にするのは政治家でも研究者でもなく普通の人たち。死んだ人々ではなく、今ここで目の前で生きている人々。
そして私たちが作り上げていくのは「これまで」ではなく「これから」なのだから、自分的にはあまり過去に引きづられて感傷的になりたくないな、と思ったのです。きっと行く前に当時の本なんか読んでしまうと「こわい!」という気持ちでいっぱいになってしまって、カンボジアに着いても「ここでああいうことがあったんだ~」「あの人はポルポト時代どうしてたのだろう」とよく言えば好奇心、悪く言えば先入観でいっぱいになって、どうしても色眼鏡で物事を見てしまうだろうな、と思ったから。
それに一緒に働くスタッフたちの多くは30台前半。ポルポト時代の影響をあまり受けずに育ってきた彼らと同じ感覚を持っておきたいと思ったからです。避けるでもなく固執するでもなく、自然な日々の生活の中での学びにまかせようと思っていました。たぶんカンボジアの若い人もそうやって学んでいくのでしょうから。

そして先日。Ms.A、こと事務局長のAさんを首都に送る車の中で、ローカルスタッフと運転手と4人でカンボジアのある歌手の話をしていました。
運転手:「すっごくいい歌手で国民に愛されていたけど、ポルポトに殺されたんだ」
私:(そうか~、彼の歌を聴くたびにみんなは悲劇を思い出すんだろうな。)
運転手:「僕のお父さんも殺された。6歳のときで僕は覚えていないけど。」
私:(えっ、彼確かまだ30台前半のはず。そうか、親の世代がその世代なんだ。親類が殺されたというのは聞いたことがあるけど、実の親が、というのは初めてだな。)
私:「お父さんの職業は?」
運転手:「professer」
Aさん:「えっ?producer?」
運転手:「違うよ、プロフェッサー(大学教授)!」
スタッフK:「Aさん、プロデューサー(農業生産者)だったら殺されないよ!」
一同大爆笑。

Aさん、どうも毎日毎日「プロデューサー」という言葉を仕事で使っているうちにそう聞こえてしまったらしいです。
というわけで深刻な話題のはずがなぜか笑いで終わり、また車の中では次の話題に移っていきました。
そう、ポルポト時代には文化人やインテリが殺されたんだよな~。
でも少なくても若い世代はその時代のことを笑い飛ばすこともできる。それにはなんとなく救われた気持ちになりました。
(M)



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