02月10日: どこへ行く、スバイリエン
IVYの活動地、スバイリエン州は地図で見ていただければお分かりの通り、突き出した形でベトナムに接している。
首都プノンペンまで3時間かかるのに、ベトナム国境には45分で着いてしまう。
このベトナム国境の町、バベットが今すごいことになっている。
「カジノとかがあるのよ」とは聞いていたが、正直スバイリエンにカジノとは想像できなかった。
しかし本当に存在したのである。何もない田舎道を走り続けて30分もすると、ど~んとこの地区の開発をうたう大きな看板が出現。その名も「マンハッタン(スバイリエン)」!(このネーミングには昔マンハッタンに実際に住んでいたことがある身にはなにやら因縁じみていて、見るたびに苦笑いしてしまう。)


不毛の地に突然現れるカジノ、バベット。ここではここ数年で主に中華系資本らしいがすごい勢いで開発が進んでいる。工場が続々と立てられ、国内、国外の富裕層を対象にしたカジノやホテルが建築ラッシュを迎えている。周りの農民たちは土地を売却したことで一儲けし、いかにも「お金が入りました!」的な豪勢な家が次々と建てられている。しかし耕す人がいなくなった周りの農地は時おり牛が放牧されているだけで、人気もない。ここでは田んぼも見られない。
一方この町の市場で売られているのは99%がベトナムの野菜で売り手もベトナム人、行きかうお金さえもベトナム貨幣。

工場やカジノは確かに雇用を生み出す。事務所の掃除をしてくれるパートのおばさんの子供4人のうち二人はここで働いている。もちろん農村からの出かせぎも多い。
スバイリエンは将来農村地ではなく、バベットに安い労働力を供給し、バベットに依存するだけの地になってしまうのではないだろうか。スバイリエンの人たちは将来スバイリエンがどうなって欲しいのだろう。帰り道、車からもの寂しい農村の風景を見ながら複雑な気持ちになった。 (M)
首都プノンペンまで3時間かかるのに、ベトナム国境には45分で着いてしまう。
このベトナム国境の町、バベットが今すごいことになっている。
「カジノとかがあるのよ」とは聞いていたが、正直スバイリエンにカジノとは想像できなかった。
しかし本当に存在したのである。何もない田舎道を走り続けて30分もすると、ど~んとこの地区の開発をうたう大きな看板が出現。その名も「マンハッタン(スバイリエン)」!(このネーミングには昔マンハッタンに実際に住んでいたことがある身にはなにやら因縁じみていて、見るたびに苦笑いしてしまう。)


不毛の地に突然現れるカジノ、バベット。ここではここ数年で主に中華系資本らしいがすごい勢いで開発が進んでいる。工場が続々と立てられ、国内、国外の富裕層を対象にしたカジノやホテルが建築ラッシュを迎えている。周りの農民たちは土地を売却したことで一儲けし、いかにも「お金が入りました!」的な豪勢な家が次々と建てられている。しかし耕す人がいなくなった周りの農地は時おり牛が放牧されているだけで、人気もない。ここでは田んぼも見られない。
一方この町の市場で売られているのは99%がベトナムの野菜で売り手もベトナム人、行きかうお金さえもベトナム貨幣。

工場やカジノは確かに雇用を生み出す。事務所の掃除をしてくれるパートのおばさんの子供4人のうち二人はここで働いている。もちろん農村からの出かせぎも多い。
スバイリエンは将来農村地ではなく、バベットに安い労働力を供給し、バベットに依存するだけの地になってしまうのではないだろうか。スバイリエンの人たちは将来スバイリエンがどうなって欲しいのだろう。帰り道、車からもの寂しい農村の風景を見ながら複雑な気持ちになった。 (M)
02月01日: 「感無量」
先日IVYにとってはなつかしい訪問者がありました。2003年7月から3年間に渡って行なわれた「持続可能な農業を通じた女性による農村開発プロジェクト」の農業マネージャーだったYさん(現在はJICAのフィールド調整員)がカンボジアに赴任した海外青年協力隊の村落開発員の若者三名を引率して、離任以来初めてスバイリエンを訪れたのです。町や村のいろいろな光景や人を見てはしきりになつかしがっていました。
前任者からの正式な引継ぎがないまま突然ここにやってきた私は「前にいた人たちはよく3年もこんなところにいたなぁ」と正直言うと内心思っていました。でもYさんのなつかしぶりや思い出話を聞くと「そんなに悪いところでもないかも」と思えてきました。ここで3年近く、大きなプロジェクトに関わってきたYさんがその3年間を振り返る言葉には一言一言に重みがありました。彼女や当時のプロジェクト・マネージャーらがときに迷い、悩みながら三年間様々な努力を積み重ねてきた。だから充実感を持ってその時代をふりかえることができるんだろうな、と思いました。
特に印象に残ったのが、村で組合の代表の女性たちが集まってミーティングをしている様子を視察していたときのYさんの言葉でした。野菜の出荷量や収益、またその中からの組合への積立額などを村ごとに代表の女性が20人ほどの参加者の前で発表し、また技術指導担当者の女性がたい肥づくりのデモストレーションなどをしていました。女性たちの生き生きした様子を見ているだけで、IVYの農村での活動がうまくいっているんだな、よかったな、と思える瞬間です。前プロジェクトでは女性の組織化が主な活動でしたからYさんには見慣れた光景かと思いきや、その様子を見ていた彼女がしばらくして「感無量だな~」とつぶやいたのです。Yさんの時代は組織化は出来たけれども見える形でその成果が出せなかった。けれど今や女性たちは売上げの数字を話している。野菜出荷というビジネスを通して、ようやくその成果が見える形で出てきたのです。今のこの女性たちの活躍は、Yさんたちが三年間苦労して作った土壌の上にようやく生まれでた芽なんだな、そう思うとその言葉を聞いた私の方も「感無量」でした。
Yさんたちの時代に培われた農村の女性のエンパワーメント。後からやってきた私はついついその上にあぐらをかいてしまいがち。でもYさんらの三年間の重さに思いをはせ、改めて引き継ぐ者の責任の重さを感じた一日でした。
01月23日: 事務所の紹介
日本から持ってきたデジカメの充電機をそのままコンセントに差し込んでいたら「バチっ」と小さな爆発音が。
先週プノンペンでこちら仕様の充電機を買ってきたのでようやくカメラ復活です。
まず12月末に引っ越したばかりの新しい事務所。一軒家を借り切って、一階が事務所、二階は会議室とゲストルーム。私は現在のところ二階に住んでいます。

外見はけばく、中はちゃちい典型的なスタイルです。とうとうネズミが出没しました!

ニュースレターを置きました。現地スタッフもけっこう見ています。

朝7:30から夜9時ごろまでこうやってパソコンに向って、一日事務所から出ない日も。。
(M)
先週プノンペンでこちら仕様の充電機を買ってきたのでようやくカメラ復活です。
まず12月末に引っ越したばかりの新しい事務所。一軒家を借り切って、一階が事務所、二階は会議室とゲストルーム。私は現在のところ二階に住んでいます。
外見はけばく、中はちゃちい典型的なスタイルです。とうとうネズミが出没しました!
ニュースレターを置きました。現地スタッフもけっこう見ています。
朝7:30から夜9時ごろまでこうやってパソコンに向って、一日事務所から出ない日も。。
(M)
