特定非営利活動法人国際ボランティアセンター山形

山形IVY スタッフ便り
カテゴリー: 日々日常
著者: ivy
先週赴任後初めての面接を行った。一ヶ月空席だった運転手のポスト。といっても私の役割は最後に一言二言候補者と英語で話してリスニングやスピーキングの力を見るぐらい。一応応募要綱には英語必須と書いてあるんだけど、一人は全く英語が話せなかった。履歴書はもちろん英語だし、英語の力も"mediun"(つまり中級)と書かれている。かわいそうに、この履歴書もお金を出して誰かに書いてもらったんだろう。自分の理解しない言葉で話しかけられて、ぎょっとして目を白黒している様子が痛々しかった。すいません、私がクメール語を話さないばかりに・・。
さて4人の面接が終わって、一緒の面接をした3人のスタッフとどんな点を考慮するべきか改めて協議した。勤務開始可能時期、運転技術、英語能力、希望する給料、態度--。スタッフと話していて彼らが英語能力にかなり重点を置いているのに少し驚いた。11人のスタッフの中で運転手が英語でコミュニケーションをとらないといけないのは私だけ。みんなにはあまり影響はないのでは?と思ったが、そのうちなんとなく分かってきた。外国のNGOの職員になるということは、日本で言えば外資系企業に勤めるようなもの。彼らにとって、運転手であってもそうでなくても英語能力とはキャリアに直結しているんだと。カンボジアの公務員が月給30ドル(もちろんこれで食べてはいけないらしい)、外国のNGOのカンボジア人職員が多い人だと300ドル以上。IVYでも英語の査定があってレベルによって最高月5ドルの手当てがつく。英語の能力があれば「勝ち組」、なければ「負け組」なのだ。食べていくのにも苦労する日本国内のNGOスタッフと違って現地のNGOスタッフは給料がいいのでその分優秀な人が集まるし、NGOスタッフとして誇りを持ち、キャリア意識も強い。全ての書類を英語で作らないといけない私にとってももちろん英語の得意なスタッフはたいへんありがたい。でもこれはあくまで外からやってきた私の個人的な事情。英語の話せない人たちが経済的にもキャリア形成の面でも置いていかれるのは、外国のNGOが大勢押し寄せていることの弊害の一つかもしれない。英語が得意でなかった候補者(もちろん結果は不採用、中には学校の英語の教師も!)のおどおどした様子が今も私の脳裏に焼きついている。
カテゴリー: 日々日常
著者: ivy
 赴任一週目。「最初からとばすとろくなことがないから、始めはのんびりしてた方がいいよ」と日本の事務局長の安達さんに電話で言われて「それもそうだ」と思ったのもつかの間、「とばす」つもりはなくても次から次へと新しい用事やらこれまでのたまった仕事(8ヶ月間プロジェクト・マネジャーが不在だったため)やらが押し寄せてきました。背中を押されて気をつけないと前のめりに転びそうな感じです。

 今日はもめごとを起こして12月に契約を打ち切った元スタッフが労働局に苦情(不当な解雇だとか、退職金を増やせとか)を言っているとのことで、二回目の交渉。担当していた現地スタッフのリーダーのシタが約束していた午前中に行ったら「プロジェクト・マネジャーじゃないとダメだと言われた」と不満たっぷりの顔で戻ってきた。では午後二人で行こうということになっていたのに、元スタッフから乱暴な言葉を言われて彼をこわがっているシタは顔を合わせるのがいやで自分は行きたくないと言い出す始末。しまいには頭痛がするといって事務所から早退。「あれはPTSD(Post-Traumatic Stress Disorder)だね」とスタッフのアンと冗談を言い合っていたら、午後になったところで「まだ頭痛がする。労働局にはアンと行ってくれ」と携帯にメールが。おいおい! (真剣にPTSDなのかしら。)

 午後用事があったアンの代わりにクンティアのバイクで労働局に到着。しかしクンティアも元スタッフが玄関近くに座ってるのをみるや、私を道路の反対側に下ろしてさっさと退散。クメール語は「こんにちは」と「ありがとう」しか言えないのにどう役所と対応するんだ??と思いながらまあどうにでもなれ、という感じで建物に入る。どうせ田舎の役人なんてろくでもない人だろう、外国人だからって賄賂でも要求されるんだろうか、でもお財布忘れてきちゃったけど、などと考えながらシャンデリアがまぶしいエアコンの効いた部屋に通される。結局「通訳が必要」とのことでアンが事務所から呼び出されて長い長い交渉が始まった。

 元スタッフの長々とした苦情申し立てのあとに、その要求をのむのかのまないのか私に質問がふられる。到着してから3時間近く経過して「なんでもいいから早く帰りたい!」と思い始めたころようやく気づいた。この交渉役の役人さん、どちらの言い分にも距離を置き、客観的で完全に中立的に交渉を進めている。そういえば始めるときに「このミーティングはどちらが正しい、正しくないと決めるものではありません」と言っていたっけ。元スタッフの肩を持つのかな、こちらの肩を持つのかな、と彼の出方を観察していたけど結局最後までどちらの肩も持たなかった。これってけっこうすごいと思う。さすがプロだ。「どうせ役人なんて」と勝手に思った自分の偏見を反省しながら勤務修了時間も過ぎたころに事務所に戻った。

 次回また交渉が決裂すれば今度は裁判になるかもしれない。それはそれでカンボジアの司法のレベルが見れておもしろいかも。「裁判になっても構わないよね。私たちがどうせ勝つんだし」とアンとも明るく話して私の初役場体験は終わった。






カテゴリー: 日々日常
著者: ivy
スバイリエンにおととい到着しました。
今日が初出勤。昨日は祝日でしたが早速夏バテでダウンしてました。
季節的にはしかし夏ではないので正確には「暑さバテ」。スバイリエン到着日こそはりきって家具を買いに出かけたりしていましたが、二日目は一日部屋でぐったり。
確か1月は涼しいと聞いていたのですが・・。仙台にいるカンボジア留学生とも話して「一枚はおるものがあった方がいい」と聞いていたし。それに来る前にカンボアジア事務所と山形の事務所のメールでこんなやり取りがありましたよね。「It's very cold today in Yamagata.」「It's cold in Svay Rieng too.」。山形の「寒い」とカンボジアの「寒い」とは意味が違うんでは?と内心思いながらもとりあえず長袖を大目にスーツケースに詰め込んで来たものの、今日も昼間は部屋の温度は30度。夜になって28度ぐらいになってようやく涼しく感じるくらい。いくら暑い気候の方が好きとは言え、来る直前に雪の舞う蔵王に行っていた身体にはこたえたようです。10月に訪問したときの事務所は引っ越す前で、高い木に囲まれて建物の中はどちらかというと涼しかったのですが、新しい事務所は日差しを遮るものがなく、私は宿泊している二階の部屋はさらに熱がこもって暑いようです。
それにしてもこの街できっと夏バテしているのは私一人。地元の人は涼しい顔で帽子もかぶらず街を一日中バイクで走っています。学生はたいてい長袖に女の子もきっと暑いだろうに長スカート。肌を露出するのはタブーらしく、女性も誰一人ノースリーブの人はおらず、タートルネックの長袖を着ている人までいます。
もしかしてこの気候、カンボジア人は暑いと感じていなかったりして・・。スタッフのクンティアさんに先月の活動の写真を見せてもらっていたら確かに農民の人たちがパーカーなど上に一枚はおって寒そうな写真がありました。「このときは寒かったのよ。今週はOKだけど。」とクンティアさん。
そうだよね、この気候が「OKな気候」なんだよね。来るべき一番暑い時期(3~4月)には暑さにも身体が慣れているといいのですが。
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