03月13日: 子牛の誕生
といっても村の話ではなく、IVYの事務所の前でです。
1時間もすると立って歩くそうで、母牛も牛を散歩させていた男の子も子牛を立たせようと押したり持ち上げたりしています。
牛の生まれた家は幸運が訪れるそうなので、スタッフは「good luckだ」と言っています。
生まれた子牛にもIVYにも幸運が訪れますように。(今日あたり誕生予定の本部のHさんのお子さんにも。)(M)
03月01日: 男性が生産者グループのマネジャーに

IVYといえば、女性組合、女性主体の活動、というのがみなさんの印象ではと思うのですがいかがでしょう。
少なくとも私にとってはそうでした。去年から男性の参加も促進しよう、ということになりましたが「IVYと言えば女性」というのが村の中での認識でもあり、どうしても少数派。女性組合員の夫で野菜栽培に熱心な男性が技術指導員というポジションになるケースが2,3件あったぐらいで、「生産者の夫のミーティング」を設定してもあまり出席率はよくありません。もちろん出稼ぎのため村に住んでない男性が多いというのも事実ですが。
そんな中で、IVYの新しい活動地域の村で、野菜共同出荷のためのグループの役員選出のためのミーティングがありました。
私が立ち会ったのはプレイドムロンという村で、米焼酎の生産が盛んなこともあって村に住んでいる男性が多く、ミーティングにも常に6名ぐらいの男性が参加しています。男性同士で固まって女性にちょっと遠慮しているような感じではありますが、グループディスカッションなどにもちゃんと参加しています。この生産者グループの話し合いでは、「グループのマネジャーは一人は女性、もう一人は男性がいい」という結論になりました。
女性組合の生産者グループのマネジャーが男性、と何か矛盾している気がしないでもないですが、当の本人たちは、「一人は男性の方が何かといい」という理由でそうしたようです。
「何かといい」というのはあいまいであるようで、なかなか説得力があると思いました。
次の週、選挙が行われ、無事男性が一人マネジャーに選ばれました。(写真右から二人目)
グループディスカッションでも書記を務めて、自然におばちゃんたちの中に入りこんでいた若い男性です。なかなかハンサムで、好青年的な雰囲気は農民というよりは先生という感じ。彼ならおばちゃんたちも文句を言わないでしょう!
というわけで、この物腰のやわらかそうな青年がIVYの10年の歴史をやぶって、初の男性の役員になったのでした。
女性と一緒に働ける男性、女性に選ばれる男性というのはこういう人ね、と妙に納得しました。
(M)
02月17日: カジノへの出荷始まる

以前にこのブログでも紹介しましたが、スバイリエン州はベトナム国境地帯に経済特別区域というのがあり、そこにカジノが連立しています。市場も含め、ベトナムの貨幣が使われ、野菜もほとんどベトナムからのものです。ベトナムの野菜は高地栽培という地の利に加え、化学肥料で大量に短い時間で育てられたもの。そのためカンボジアの野菜は値段で太刀打ちできません。
ここで1日に1トンの食糧が消化されるというのに、スバイリエンの農作物は使われないという大きな矛盾。
この矛盾を抱えたままスバイリエンの農民は細々と地元の市場で売っていく、というのが私の予測でしたがここに来て大きなブレイクスルーが起こっています。12月にこのカジノ近くで開催された農業祭ぐらいから風向きが変わってきました。韓国系経営のカジノの一つが「スバイリエンの農業を支援したいから、スバイリエンから農作物を仕入れたい」と農業局に申し出があったのです。願ってもない話ですが、果たして出荷できるほど集まるのか?そして集めるだけの組織力をスバイリエンの農民が持っているのか?
そこで白羽の矢が当たったのがIVY。農業支援をしている団体は多くとも、現在販売支援まで手がけているのはIVYだけ。農業局から出荷の話が正式にあったのが1月中旬。2月からとりあえず野菜の出荷をスタートというスピードでしたが、とりあえずこのチャンスを逃しては、と見切り発車することになりました。

一回目は7村から注文のあった200キロの野菜を村で集め、IVYの車に乗せて町の農業局の倉庫へ。次の日の朝、カジノの購買マネジャーとスタッフ一団が訪れ品質、量などをチェック。農業局を通してIVYに野菜の料金約70ドルが支払われました。マネジャーは野菜の品質がいいことは認めましたが、ベトナムの野菜と比べて高いので、いずれは値段を同じくらいまで下げたいとのこと。いえいえ、同じにされては困る。いかに無農薬野菜は地元でもニーズがありいい値段がつくか、ということを女性組合の生産者の代わりに私がマネジャーに訴えました。幸い韓国人マネジャーは日本語も流暢な日本びいきの方でした。値段のことは置いておいて、ぜひカジノの食堂を見学に来てください、とお誘いを受けました。ここ一年NGOスタッフと農民とばかり話してきた私にとって、バリバリのビジネスマンとの交渉は久々に緊張感を強いられるものでした。私でもそうなのですから、カンボジア人スタッフや生産者などは怖気づいてしまうのは容易にに想像できます。仲買人に安くたたかれるパターンがここに生まれるんだな、と身をもって感じました。
しかし内心心配なのは本当に安定供給できるのか、ということ。とりあえずIVYからの出荷は週1回にしてもらいましたが、乾季はいいものの野菜のできない雨季はどうしよう。今はIVYの車を出荷に使っているけど、今後はどうなるんだろう、と懸念材料は山ほど。
一つ確かなことは、女性組合の生産者にとって、いまや販売経路は一つではないということです。村の中でいい値段で売ることもできる。近隣の市場で他の売人よりもいい値段で売ることもできる。プノンペンでも買いたいという日本人もいるし、カジノはかなりの量を可能なら毎日でも買うと言っている。自分の家で余った野菜を仲買人に言い値で売るような野菜販売から、本格的なビジネスへと、今静かに変革を遂げようとしている、というのは大げさでしょうか。少なくてもその始まりであると、信じたいです。
写真上:トラックに野菜を積む
写真下:カジノの購買マネジャーと話し合う松浦
(M)
