特定非営利活動法人国際ボランティアセンター山形

山形IVY スタッフ便り

01月24日: 販売員の挑戦

カテゴリー: プロジェクト
著者: ivy
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現在のIVYのプロジェクトは米農家で庭でちょこちょこっと家庭菜園をしている奥さんたちに、もっと野菜づくりをがんばってもらって、グループを作ってまとめて売っていきましょう、というもの。
農家の人だから、市場で売るなんてへっちゃら、というのは大きな間違い。
先日グループで販売員になった人の初めての市場販売体験というのに付き添いました。
まず最初に市場に入れない。
もう既に常連となっているほかの販売員が新入りが来ると追い払おうとする。
なんと市場の責任者まで入れてくれないこともあるとか。
場所がとれず、仕方なく自転車にかごをのっけて立ったままで販売。
IVYが到着すると、NGOの事業だということでようやく常連さんもいじめ(?)をやめ市場の販売場所もなんとか確保。
女性組合のなかにもたまに天性(?)の販売員さんもいるようですが、たいていはお客と交渉するのは生まれて初めて。
市場のほかの仲買人さんとは違って、おとなしく、おつりを間違えたり、袋にうまく入れれなかったりとどうみても素人くさい。
でもお客が見るのはやっぱり野菜そのもの。
新鮮さ、見た目のよさ、そして女性組合の「自然農法」というロゴを見て少し高めの値段でも買っていく。
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初めての販売体験後はそのふりかえり。
「初めてでたいへんだったけど、こういう経験ができてよかった」という組合員の顔は緊張が取れて、充実感にあふれている。
それはきっと私たちであれば、新しい職場に来たときの一日目のような感じ。
新しいことに挑戦するっていうのは何歳になってもドキドキするもので、そしてそのドキドキのあとは、達成感が訪れるもの。
今日は収益は一人1ドルにもならなかったけど、販売員の女性たちのなかにはがっくりきている雰囲気は全くなかった。
一人の女性は「市場にお店を持って、毎日販売したい」となかなか強気の発言。なんでもこれまで3回ほど市場に来て野菜を売ろうとしたが、3回とも販売させてもらえなかったとか。しかし女性組合のロゴを持っている限りは恐らくもう大丈夫。厳しい市場の世界のなかで、勝ち残っていって欲しいものです。
カテゴリー: 日々日常
著者: ivy
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ご無沙汰しておりました。
私がカンボジアに来てちょうど1年が経ちました。
この機会にこの1年をふりかえってみたいと思います。

1番うれしかったこと:
12名のカンボジア人スタッフとうまくやってきたこと。
山あり谷ありは当然ありましたが、信頼関係は築けたかなと思います。
何より彼らは仕事を楽しんでおり、向上心に満ちており、新しいことを学ぶことにも意欲的です。
そんな彼らと一緒に仕事をすることで、私自身も伸びていくことができたと思います。

1番かなしかったこと:
事務所の警備員の方が11月に骨関節結核で亡くなりました。最後まで仕事に戻りたがっていたと聞きました。
仲間を一人失ったかなしみだけでなく、発見が遅れたことで命取りになったことでカンボジアの貧困や医療知識の遅れを目の当たりにしました。

この1年間にIVYを通していろんな出会いもありました。
会員の方、スタディーツアーに参加した方、ボランティアの方、JICAの方・・。
様々な方に支えられてIVYのカンボジア事業も進められているんだな、と感じた1年でした。

共同出荷事業もあと残るところ1年となりました。
今後とも応援よろしくお願いします。
(M)
カテゴリー: 日々日常
著者: ivy
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水祭りの休暇を利用してカンボジア唯一の海のリゾート、シハヌークビルに行ってきました。
カンボジアというとどこまでも続く田んぼというイメージですが、ここシハヌークビルはだいぶ様子が違います。まわりは山が多いし、町も丘陵にあります。タイのリゾートはすぐそこ、という海にはたくさんの島がありシュノーケリングやダイビングのスポットになっています。またカンボジアの食事で出てくる魚介類は湖やため池で取れる淡水魚がほとんどですが、ここでは天然のイカやエビが豊富に取れます。日本ですと「○○産の○○」と全国どこで取れた魚介もスーパーに行けば手に入りますが、カンボジアは国内流通経路が未発達で、冷蔵庫を備えたスーパーも大都市にしかありません。シハヌークビルで取れる魚介を他の街で食べる機会はほとんどありません。
私としては平地でなく海や山が見れること、豚肉ではなくシーフードが食べられること、欧米人の移住者が多いので食事やカフェなども充実していること、などで「カンボジアっぽくない!」という不謹慎な(?)理由でこの街がすっかり気に入りました。
とは言ってもやはりカンボジア。リゾート開発が進んでいるとはいえまだまだ地元の人たちの生活が息づいています。日が暮れると一機に沖に出ていく木造のイカ釣りの船の景色も圧巻です。その数300とか。農家と言えば日が出る前に置きだすほど早起きですが、シハヌークビルの男たちは夜働くようです。
夜働くのは大人たちだけではありませんでした。ボートで2時間いったところにある人口400人ほどの小さな島に泊まったときのことです。夜9時ごろ、発電機からの電気も止まりそろそろ寝ようかと思っていると、すぐ近くの海の方から子どもの歌声がかすかに聞こえてきました。岩場に立てられたバンガローのデッキに出て月明かりの下目をこらすと、子どもたち二人がそれぞれ発砲スチロールでできた船(昼間それが船だと説明された。写真参照。)に乗って、漁村のある方向に船をこいでいる姿がかすかに見えました。明かりの何もないなか心細いのか、それともそれが習慣なのか、二人で声を合わせて歌を歌いながら家路につく子どもたち。それは今まで聞いたことのないような美しいメロディーでした。
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スバイリエンに帰ってくると、新聞にアメリカ大統領選の結果のニュースにまじってソマリアのニュースが載っていました。なぜその記事に目が止まったかというと、男たちの乗った船の写真がシハヌークビルを思い出させたからです。しかし内容はソマリアの漁村の男たちが次々とソマリア沿岸で外国船をハイジャックして身代金で大金を稼いでいるという話でした。昔沿岸の漁村の住民はインド洋でロブスターやマグロを取っていましたが、外国船が来て彼らの取り付けたネットを破壊しながら魚を乱獲し、ゴミを捨て環境を破壊し、とうとう住民は漁業だけでは生計が立てられなくなり、男たちは漁業を捨て、海賊を生業とするようになったそうです。ハイジャックの話はニュースになっても、外国船の魚の乱獲はニュースになりません。私は海に100%生活を依存しているシハヌークビルの貧しい漁村の人たちの生活を思い出しました。歌を歌いながら夜の海をただよっていた子どもたちが、「将来自分は海賊になりたい」などと思い描くことにならないためには、海が守られていく必要があるのかもしれません。垣間見たカンボジアの漁村の生活は農村と同じように物質的に豊かではありませんでしたが、のどかで情緒豊かなものでした。その生活がこれからもずっと続くといいなと願わずにいられません。

(M)

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